日本比較経営学会賞

◆日本比較経営学会2023年度学会賞◆

学術賞:中屋信彦『中国国有企業の政治経済学-改革と持続』(名古屋大学出版会、2022年、ⅳ+360頁)

 

審査報告:

 本書は、中国の社会主義市場経済体制の中枢を担う国有企業の実態を明らかにするものである。分析の対象とする期間は主に1992年から2015までのほぼ四半世紀であるが、近年の国有企業改革の軌道修正などの動きについても分析している。本書は、市場移行宣言後の中国の経済発展と経済体制を客観的に把握するだけでなく、中国の体制の行方を正しく判断するためにも大変有益な著作である。

 本書は序章から終章まで全8章で構成されている。序章では、研究対象、問題の所在、ならびに分析の対象期間を明らかにしたうえ、第1章と第2章では、本書の研究対象としている中国国有企業の影響力を検証し、「党国家資本」化した国有企業を分析するための見取り図を示した。第3章から第6章にかけて、国有企業の「党国家資本」化を項目別にデータと事実に基づいて詳細に分析している。終章では、「党国家資本」化の諸矛盾と軌道修正の現状について整理し、その行方を展望した。

 国有企業をもう一度中国経済論の主課題に据え直して、市場移行宣言後の国有企業の「党国家資本」化の実態を明らかにしたことは、本書の最大の学術的貢献である。市場経済採択後、外資企業の中国への進出や、中国における私営企業と個人事業所の膨大な創業ならびに大型化によって、中国経済における国有企業の比重の相対化をもたらした。この現象に直面し、学界では国有企業衰退論や資本主義への移行論は議論の主流となった。これに対して、著者が膨大なデータに基づきながら、中国経済における国有企業の総量はむしろ増大し、且つエネルギーや通信、交通、素材、機械、金融などの重要な産業は国有企業によって独占か絶対優位にあるという事実を明らかにしたうえ、国有企業の整理淘汰や株式会社化は、一般に受け止められている「国有企業の私有化」ではなく、むしろ国有企業の「瞰制高地」支配に繋がったという実態を浮き彫りにした。

 また、「党国家資本」化の過程とそのロジックを明らかにしたことも本書のオリジナリティーである。本書では、中国の国有企業はもはや伝統的な国有企業ではなく、国家目標を追求すると同時に利益計上をも追求する、「国家」性と「資本」性を兼ね備えた存在に変容していることを指摘した上、その変容過程についても明らかにした。つまり、計画経済時代に政府の一機関に過ぎなかった国有企業が、1978年以来の改革開放初期の国有企業改革のなかで意図せざる形で「産業資本」的な性格を芽生えさせ、1992年の市場移行決定直後から1996年にかけて本格的な「国家資本」への改造を受けて、1997年から2003年頃までに「産業資本」的な性格を順次開花させて「国家資本」として確立された。また、中国の国有企業は政府によって所有支配されているが、所有者である政府は共産党の政治支配=領導を受けている。国有企業もまた共産党の政治支配=領導を受けている。中国の国有企業は、「普通の資本主義」における国民国家が所有する国有企業とは明らかに異なる性格を有する、単なる政府所有の「国家資本」ではなく、共産党が領導し、政府が所有支配する「党国家資本」であることを、本書で力説している。

 以上の分析を通じて、本書では、中国の国有企業は「党国家資本」として、中国の社会経済体制を支えている事実とそのロジックを克明に論述しただけでなく、中国の「経済的社会構成体」においては、私的所有に基礎を置く「資本家的生産様式」の主導権が確立されていないということから、中国の社会経済体制を「党国家資本主義」の代わりに、「『党国家資本』に主導された経済」という用語表現も、正確であるうえ独創的である。

 近年、中国が直面する内外環境が大きく変化している。対外的には、米中の覇権争いが深刻化する中、デカップリングの動き(外資の中国脱出)が生じ、対内的には、習近平体制下での「左への旋回」(民営経済抑制)はさらに進行している。これらの動きは、中国共産党政権、さらに中国の社会経済体制にとって何を意味し、どのような影響をもたらせるかなどに関しては、世界的関心事となっている。本書では、2015年以後の「党国家資本」の限界について考察し、その行方を展望したが、最新の動きを踏まえたさらなる研究成果が期待される。

 以上のことから、本書は日本比較経営学会の学術賞に十分値するものと判断される。

 

受賞者挨拶:

 この度は学術賞という大変名誉ある賞を頂き光栄に存じます。推薦頂いた先生方、審査にあたって頂いた先生方、会員の皆様に厚くお礼申し上げます。

 拙著『中国国有企業の政治経済学――改革と持続』は、ひと言でいうと、社会主義市場経済の心臓部、共産党政権の経済の主力部隊であるところの国有企業の発展のからくりを暴いた本ということになります。

 中国の社会主義市場経済を巡っては、冷戦後のグローバル化と新自由主義化の嵐のなかで資本主義化と同一視する説が喧伝され、国有企業の弱体化や私有化の不可避性が叫ばれてきました。しかし、GDPが日本の3倍にまで拡大した現在でも、中国では国有企業が重要産業や業界大手を支配する独特の市場経済体制が維持されています。国有企業の資産規模も21世紀に入ってから20年間で17倍に拡大し、日本の上場企業の3倍の規模になりました。国有企業が大きな影響力を維持している中国経済の現状は、2010年代に入って「国家資本主義」論が流行して以降ようやく認識されるようになりましたが、発展のからくりについては十分な解明が行われて来ませんでした。その謎に迫ったのが拙著ということになります。

 拙著では、国有企業の発展のからくりを、①中国における国有企業の株式会社化のパラドックス、つまり、黒字国有企業の株式会社化と時価発行増資を通じた焼け太り的な資金調達と、②経済の支配拠点となる重要産業や業界大手への国有企業の集約を通じた瞰制高地(Commanding Heights)支配の強化、③国有企業の「国家資本」化改造、つまり、政府の所有支配を維持したままでの会社制度の導入や資本金の設定、労働者の有期雇用化、目標利潤・目標原価管理の導入、幹部への年俸制の導入、増収増益を重視する成果主義の適用など、国有企業をある程度「稼げる」企業に改造したことに求めて分析しました。中国共産党はこうして国家性と商業性を兼ね備えた国有企業を、幹部人事の掌握や会社組織への党組織の寄生、重要決定への関与を通じて政治的に領導しています。これを「党国家資本」と名付けて概念化したのが拙著の中国国有企業分析です。中国の共産党政権は国有企業の影響力を維持し得たことによって、民営企業と外資企業を大規模に発展させる政治的余地を得ました。その結果、公有制の主導性を維持する下で経済を飛躍的に発展させることが出来たのだと、拙著では中国の社会主義市場経済をこのような構図で描いています。

 拙著で展開した分析の多くは日本比較経営学会での発表を基礎としたものです。このような分析は冷戦後に近代経済学や開発経済論が主流となった中国経済論の世界では必ずしも歓迎されるものではありませんでした。しかし、日本比較経営学会では温かく迎えて頂き、会員の皆様からご助言を頂いたお陰で拙著を完成させることが出来ました。本日、賞まで頂戴し大変恐縮しております。

 拙著は国有企業の増収増益路線が鮮明であった2015年までを射程にしていますが、2015年以降は国有企業の儲け主義や幹部の腐敗に批判的な習近平政権が国有企業改革の軌道修正に乗り出しています。国有企業改革の軌道修正は、習近平政権が掲げる社会主義の「初心回帰」や「新時代」、「共同富裕」と密接にかかわる動きですので、受賞を励みとしながら再スタートを切る覚悟で追跡を続けたいと思います。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◀受賞者の中屋信彦氏

 

 

奨励賞:該当者なし

「日本比較経営学会賞」候補作の推薦について

日本比較経営学会賞における学術賞の候補作を募集しております。

下記の「候補作推薦票」ファイルをご利用ください。

 

 

申し込み先は、学会賞審査委員会委員長となります。
(連絡先は「学会ニュース」等でご確認ください。)

 

 

推薦期間は毎年12月末日まで。

詳細は、下記の規程をご覧ください。 

 

「日本比較経営学会賞」規程

改正 2016年5月6日

改正 2016年5月8日

 

1.(目的)

 日本比較経営学会は、会員の研究活動を奨励し、研究の発展に資するため、日本比較経営学会賞(以下「賞」)を制定する。

 

2.(賞の種類と内容)

 賞は、日本比較経営学会学術賞(以下「学術賞」)及び日本比較経営学会奨励賞(以下「奨励賞」)の 2 種類とし、毎年審査し授与することができる。授与は、それぞれ原則として 1 篇とする。受賞者には、表彰状及び記念品を授与する。

 

3.(学術賞)

 学術賞は本学会の会員が賞を授与する総会の3年前の11月から前年10月までに刊行した著作物のなかで特に優れた作品にたいして授与する。なお、著作物は日本語文献であるか外国語文献であるかを問わないが、単独の著書でなければならない。

 

4.(奨励賞)

 奨励賞は賞を授与する総会の前々年11月から前年10月までに本学会の学会誌である『比較経営研究』に掲載された学術論文のなかで優れた作品に対して授与する。奨励賞の対象者は、原稿締め切り日に満 45 歳以下でなければならない。なお、奨励賞は、同一人が再度受賞することはできない。また、統一論題報告をもとにした論文は審査の対象に含めない。

 

5.(審査委員会)

 審査委員会(以下「委員会」)は、賞を授与する総会の前年 5 月に開催される理事会において決定するものとする。委員会は理事会が選出する学会賞担当常任理事を委員長とし、理事会の推薦にもとづく東西各 2 名の委員を加えた合計 5 名で構成され、参考対象の審査を行う。なお、理事会の推薦にもとづく委員には、奨励賞の対象となる学会誌編集委員長を含むものとする。

 

6.(候補著作の推薦)

 学術賞の選考対象に適合する著書について、会員は賞を授与する総会の前年の 12 月末までに、所定の様式の文書によって自薦・他薦することができる。なお、審査委員会は、推薦によるもの以外の著書を選考対象に加えることができる。

 

7.(審査)

 選考委員会は、4 月末日までに受賞著作を決定する。審査委員長は、総会直前の理事会に審査経過を報告して承認を求める。なお、審査委員の著書・論文が選考対象となった場合、当該委員は最終審議に参加できない。

 

8.(表彰)

 会員総会において、審査委員長が審査結果を報告し、理事長が賞を授与する。あわせて他の適当な方法により、周知と顕彰を行う。

 

9.(幹事の委嘱)

 審査委員長は、会員の中から若干名を委員会担当の幹事に委嘱することができる。

 

10.(規程の改正)

 本規程の改正は、理事会の承認によって行う。

 

11.(付則)

 この規程は、2014 年 5 月 10 日に制定し、同日から施行する。第 1 回日本比較経営学会賞の授与は、2015 年 5 月に開催される会員総会において行う。

 

 

 

「日本比較経営学会賞」候補作推薦票

award推薦票.docx
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過去の学会賞

◆日本比較経営学会2022年度学会賞◆

 

学術賞:該当者なし

 

奨励賞:中川圭輔「韓国型長寿企業の経営理念に関する一考察―斗山財閥の創業者と二代目をめぐる公益精神を中心に―」『比較経営研究』第46108-125ページ

 

審査報告:

本論文は韓国の経済成長を牽引しつつも数多くの不祥事を発生させている韓国巨大財閥のうち、唯一の長寿企業として発展してきた斗山財閥を取り上げ、その経営上の特徴を検討し、同財閥が同族経営を脱して近代化し得た要因を経営理念の観点から分析したものである。

韓国で浸透している儒教倫理は公益よりも私益、特に家族の私益を重視することから財閥企業においては同族経営による企業の私物化が生まれやすいことを指摘したうえで、斗山財閥の創業者及び二代目においては「人和」「公先私後」といった公益精神に富んだ経営理念が生成したことを紹介している。そして、先行研究における通説つまり「韓国企業経営者の経営理念は儒教的影響を受けている」という理解に疑問を呈するアプローチを採用するとして、斗山財閥創業者が儒教倫理(差別的人間観や私を重視する)から距離を置いていたことやキリスト教への信仰から博愛・奉仕の精神を重視していたことが公益的な経営理念の生成につながったこと、そしてそれが「企業は社会の公器」という公益精神となって二代目にも引き継がれたことを明らかにしている。また、こうした経営理念の下で、同財閥では一族以外に経営を任せるなど「所有と経営の分離」が進んできたことを指摘しており、いずれも興味深い考察である。

一方で、いくつか課題が残されていることも指摘したい。まず、タイトルにある「韓国型長寿企業」の概念が不明確さが残っており、短命の財閥と「長寿の財閥」の比較をするなかで、その要因として経営理念に注目する意義を明らかにするなど、問題設定と論理展開の関係づけが求められる。また、キリスト教と儒教のそれぞれの公益性と関係性あるいは総体としての分析などがさらに行われることでより説得性が高まると思われ、今後の研究に期待したい。 

韓国および日本の先行研究を丁寧に調べており、かつ、拡大成長の一方で企業を私物化し不祥事の頻発する韓国財閥企業への批判的な視点を提供してること、さらには宗教とビジネスという、世界的には重要なテーマでありながら、わが国では等閑に付されがちなテーマに焦点をあてた意欲的な研究であり、今後の展開が十分期待できる研究であるといえ、本論文は奨励賞に値すると評価する。

 

 

◆日本比較経営学会2021年度学会賞◆

 

学術賞:該当者なし

 

奨励賞:新井利英「三菱重工における脱炭素化への『方針転換』の遅れとその要因

        ―日本政府のエネルギー政策とその変容を踏まえて―」

        『比較経営研究』第45号、85-109頁

 

審査報告:

 本論文は、三菱重工が石炭火力発電事業から再生可能エネルギー事業へという脱炭素経営への方針転換で遅れをとった要因について、主に外部環境(市場競争、各種協定等、国内外金融機関、日本政府の動向など)に注目し、GEやシーメンスとの比較の観点から明らかにしている。

 本論では、GE、シーメンス、そして三菱重工の火力発電プラントメーカーの各社の有する技術と市場の棲み分けなど、興味深い説明がなされ、その技術と市場ゆえに三菱重工が転換を延ばしたことも影響していることが明らかにされている。再エネおよび化石燃料の構成比予測をふまえた世界的な脱炭素化の潮流を丁寧に述べたうえで、日本政府および三菱重工の遅れを指摘している。本論文の論旨は明確であり、テーマ設定も企業の社会性を問うものである。また、方法的にも主要3社の比較研究が行われている。

 ガスタービンを軸とした発電プラント事業は国のエネルギー政策による国家事業という側面もあり、一企業の視点でのみ方針を決められるとは限らないため、一般的にいえば、事業転換の遅れた要因を外部的なものから考察することも必要となるといえるだろう。その点からいえば、とくに日本政府の石炭火力発電維持政策が三菱重工の事業転換の遅れに影響を与えたとする主張や三菱重工の従来の戦略や技術的優位性の活用が再エネ事業への転換を妨げているという考察は興味深い。

 一方で、外部環境からの影響を説明するにあたっての根拠となる資料の精緻さや、三菱重工が独立した再エネの事業部門を有していなかった内部的要因についての掘り下げ、さらにGEとシーメンスが焦点を当てたであろう市場あるいは国家のエネルギー政策に関する精緻な分析などがあればより説得力のある論文となったと推察される。加えて、経営事情の分析というケーススタディの性格を帯びた研究ではあるが、市場―国家―経営戦略を紡ぐ結論によって、比較企業・経営研究の理論にまで切り込む課題意識を期待したい。

 発電事業に直接的に関わる企業の脱炭素化に関する研究は希少と言え、さらにそれを比較経営学の方法で接近しようとする研究の蓄積は厚くない研究状況を考えると、今後の研究の進展に期待すべきものであり、本論文は奨励賞に値すると評価する。

 

 

◆日本比較経営学会第5回学会賞◆(2019年5月)

学術賞:森原康仁 『アメリカIT産業のサービス化』

(日本経済評論社、2017年,xi+242ページ)

 

審査報告:

 本書は、IBMのその固有の規模や範囲を生かしながら発展し、社会諸資源を統合しながら発展してきたかを明らかにすることが目的である。1990年代におけるMicrosoftやIntelの「成功」(以下、Wintelモデル)でアメリカIT産業の復活が描かれている一方で、IBMへの関心が総じて少ないことに本書の分析関心の発端を伺うことができる。また、IT産業の構造転換を通してアメリカ経済のサービス化も描かれているといえる。

 第1章では、著者が修士論文の執筆に始まる問題関心や分析意義が記されており、いくつもの先行研究のサーベイランスが行われており、統合化モデルとWintelモデルとの相克を動態的に明らかにすることに本書の独自性がまとめられている。

 第2章では、いわば日常用語として利用されているいわゆるIT産業についてOECDやアメリカ商務省の定義が示されている。さらに著者独自に狭義の定義なされていることが特徴的である。くわえて、1990年代のアメリカIT産業は、コンピュータ製造から「サービス産業化」へと産業構造の転換期であったことが記されている。

 第3章では、ITサービスの位置づけがなされている。とりわけHammer and Champy『リエンジニアリング革命』の引用もなされ、その後の1990年代半ばの経営組織の改革事例にも触れられていることの特徴的である。さらに経営組織の改革はIT関連部門のアウトソーシングによる経営コストの削減目的でなされていることが記されている。

 第4章では、業界再編の潮流に対するIBMの独自性、もしくは本書でいうところの先行性を浮き彫りにしている。特に「先行研究の多くは、IT産業の産業構造が垂直特化型に変貌したことは強調するものの、そのもとで諸企業がとりうる戦略の多様性については具体的に分析せず、(中略)専業企業化だけが諸企業の採りうる唯一の戦略的選択肢であると暗黙のうちに前提する限界があったといわざるをえない」(94ページおよび107ページ)の言及は、本書の問題関心にも通底するものであり、また先行研究と本書との間に横たわる「溝」が鋭く指摘されている。

 第5章では、ルイス・ガースナー(Louis V. Gerstners)によるIBMの経営再建プロセスを中心に述べられている。特に、「『組織の再統合』と『社会諸資源の内部統合化』という線に沿った主体的なプロセス」(166ページ)が明らかにされている。既存研究では、IBMの取るべき戦略を「Sun(Microsystems:評者注)のような専属モデルをとるほかない、と指摘していた」(166ページ)のだが、IBMは実際にはその選択肢を取らなかったのである。すなわち、ガースナーは、「組織の再統合化」と「社会諸資源の内部統合化」であったのであることから、「IBMにおける『統合化モデル』は、きわめて独自であると同時に特異であったと評価しうる」(167ページ)のである。ここにもWintelとの相対化で析出された本書の独自性であるといえる。

 第6章では、Wintel連合とIBMによる統合化 サービスとの「相克」が分析されている。特にオープンソース戦略によってIBMはMicrosoftのOSの切り崩しを始めたことが記されている。すなわち、WindowsがMicrosoftから提供されるOSソフトであったのに対して、IBMはLinuxを提供し、インターネットを介して誰もがアクセスできるような戦略を取ったのである。こうした戦略を取る背景には「オープンな製品を組み合わせ、統合的なソリューションでほぼ無料の製品が市場に浸透すればするほど、IBMが特化しているサービス事業の価値が高まることになる」(194ページ)のである。この点もWintelとの相対化によって析出された特徴である。

 第7章では、「IBMにみられる主体的なあり方」の著者の分析は、『Wintelモデル』にもとづく一連の既存研究とは一線を画している。また、1)「IT産業のグローバルな生産ネットワークをIBMのようなアメリカのソリューション・サービス企業がいかなるかたちで統治(governance)しているか」(206ページ)、2)「IBMらがおこなっているソリューション・サービス事業が持続的な競争優位を獲得しつづけられる根拠についての検討」(207ページ)が残された課題である。

 上記のように、先行研究の大勢がデファクト・スタンダードであるWintelモデルに位置づけられたのだが、こうした分析軸からすればIBMは特異な存在であることになる。つまり、既存の研究を踏まえたIBM理解のキーワードが「相対化」である。本書の貢献は、既存研究へのアプローチのみならず、IBMとの相対化で生み出された批判的な分析視角も著者のアグレッシブな姿勢を反映したものであると高く評価される。上記の理由から、本書は学会賞に相当する研究であると評価される。

 このように本書は、膨大な先行研究を分析し、それらが1990年代アメリカ製造業の「復活」を垂直的特化であるWintelモデルに求め、IBMを「敗者」としていたと指摘する。それに対し、本書は、IBMがすでに90年代に「包括的かつ統合的なソリューション」提供を事業領域の中核とした、補完的技術・資源の「統合化モデル」の構築で復活していたことを多くの資料を用いて明らかにした。さらに、2000年代では、IBMが先駆的に展開した統合化戦略が、多くの企業で採用され、Wintelモデルを超える「普遍性」をもってきていると主張する。このことは、統合化戦略を採用するGAFAの産業支配力を、本学会誌論文「プラットフォーム・ビジネスとGAFAによるレント獲得」で、著者はさらに分析している。今後、GAFAとIBMとの関連も期待したい。

 本書のアメリカ産業・経営研究の貢献は、極めて大きいといえる。日本比較経営学会賞(学術賞)に相応しい研究成果であると評価する。

 

奨励賞:該当者なし

 

◆日本比較経営学会第4回学会賞◆(2018年5月)

学術賞:該当者なし

奨励賞:該当者なし

 

 

◆日本比較経営学会第3回学会賞◆(2017年5月)

学術賞:岩﨑一郎『法と企業統治の経済分析:ロシア株式会社制度のミクロ実証研究』岩波書店、2016年 

審査報告:

 本書は、社会主義計画経済から資本主義市場経済へと移行する過程でロシアが導入した株式会社制度の組織と経営の実体を、ロシア全土で実施した大規模な調査に基づき、ミクロ実証経済学的な視点から解明を試みたものである。著者は「法と経済学」「企業金融論」「組織経済学」という今日の企業内部組織の分析に援用される理論と分析手法について、その拡張と開発に資することを本書の目的にしている。すなわち、これらの理論はアメリカを中心とする西側先進諸国において研究され、分析ツールとして進化してきた経緯がある。しかしながら、高度に発展した資本主義諸国においては有効な分析手法であったとしても、計画経済から市場経済への移行過程にあるロシアにおいて、それがそのまま適用可能かどうかは未知数である。仮に、ロシアの置かれた状況に応じて理論の再構築が必要となるとしたら、その内容はどのようなものになるのかを著者は本書を通じて検証しようと試みている。
 また、本書は分析手法としてミクロ計量経済学のアプローチ法を採っており、2005年と2009年にロシア全土で実施した800社を超える企業調査で得られたデータをもとに統計学的分析を行っている。そのプロセスは「理論に基づく仮説の構築」「実証分析」「仮説の検証」という科学的プロセスを踏んでおり、主観を排除し客観性を担保した分析結果は一定の説得力を有している。分析の射程は、ロシア企業の法制構造、開放株式会社と閉鎖株式会社の選択要因、機関構造選択に関する企業レベルの決定要因、取締役会の組織構成とその決定要因、監査体制の選択要因、監査役会および取締役会の質や特徴が企業存続に与える要因等、広範多岐に及んでいる。
 このように本書はロシア株式会社制度に対する深い思考と大規模な実態調査に基づいた実証分析により、ロシア企業分析において他に類を見ない有為なインプリケーションを導出している。またミクロ経済学と比較経営学の接合点を探求している点において、その学術的な貢献は大きい。
 以上のことから、本書は日本比較経営学会の学術賞に値するものと判断される。

 

奨励賞:該当者なし

 

◆日本比較経営学会第2回学会賞◆(2016年5月)

学術賞:該当者なし

奨励賞:該当者なし

 

 

◆日本比較経営学会第1回学会賞◆(2015年5月)

学術賞:山崎敏夫『German Business Management』Springer 2013年

審査報告:
 本対象作品は、第2次世界大戦後のドイツ経済の発展とドイツ企業経営の変化を動態的に分析するフレームワークとして、「国家と企業の関係」「労使関係」「企業内関係に依拠した産業システム」「金融システム」「生産力構造」「産業構造」「市場構造」「企業―市場関係」という8つの視点を提示し、膨大な先行研究と第1次資料を駆使して問題の解明に迫った力作である。
 とりわけ、戦後の日独両国の資本主義の発展と企業経営の歴史的進化を比較検討し、その差異を鋭く解明したことは学術的に高く評価されるべきものである。また、研究成果を英語で世界に発信した点も大いに評価できる。
 こうした研究努力と優れた研究成果は、本学会の学術賞に十分値するものであると判定できる。

 

奨励賞:該当者なし